2025年11月更新:骨盤傾斜と歩行について


【骨盤傾斜と歩行のメカニズム】


— 解剖学的構造から読み解く姿勢・筋連鎖・代償戦略 —


歩行は「骨盤の3次元運動」によって成立する最も基本的なヒトの運動である。
その中でも 骨盤傾斜(前傾・後傾・側方傾斜) は、
下肢の関節運動、筋活動パターン、歩行効率を大きく左右する。


本稿では、骨盤傾斜が歩行に及ぼす影響を解剖学的視点から深く掘り下げる。







① 骨盤の基本構造と3次元運動


骨盤は





  • 寛骨(腸骨・坐骨・恥骨)




  • 仙骨・尾骨
    から構成され、体幹と下肢の力を伝達する「運動連鎖の中心」である。




歩行中の骨盤は以下の3方向に常に運動している:



● 前傾・後傾(矢状面)


前傾:腸骨前方回転、ASIS前下方移動
後傾:腸骨後方回転、ASIS後上方移動


主要筋:
前傾 → 腸腰筋・脊柱起立筋
後傾 → 大臀筋・ハムストリングス・腹直筋







● 反対側挙上・下降(前額面:ペルビックオブリクイティ)


立脚側が相対的に挙上、遊脚側が下降
→ トレンデレンブルグ徴候の有無を見る評価部位でもある


主要筋:





  • 挙上(立脚側):大臀筋後部線維、腰方形筋




  • 下降(遊脚側):中殿筋の遠心性制御








● 回旋(水平面)




  • 立脚期:骨盤は前方回旋




  • 遊脚期:骨盤は後方回旋




股関節との関係:





  • 立脚側:骨盤前方回旋 → 股関節相対的内旋




  • 遊脚側:骨盤後方回旋 → 股関節相対的外旋




このように骨盤運動は 股関節の回旋運動と一体化している







② 骨盤前傾が歩行に与える影響


骨盤前傾が強い人=腸腰筋・脊柱起立筋優位、腹筋・大臀筋の協調低下。



● 歩行中の特徴




  • 立脚初期で股関節伸展が作れない
    → 重心が後ろに残る
    → 太ももの前側の活動が増える(大腿直筋・TFL)




  • 大臀筋の推進力が使えず「膝主導の歩行」になりやすい




● 解剖学的メカニズム




  1. 骨盤前傾=股関節は常に軽度屈曲
    → 股関節伸展筋(大臀筋)が使われない




  2. 腸腰筋が短縮化
    → 大腿骨頭の前上方移動
    → 股関節伸展で前方インピンジメント




  3. 腰椎過前弯
    → 立脚中期で固有受容器の制御が乱れる




総じて「骨盤前傾は歩行の推進力を損なう」。







③ 骨盤後傾が歩行に与える影響


骨盤後傾=ハムストリングス・腹直筋優位、脊柱起立筋の抑制。



● 歩行中の特徴




  • 歩幅が狭く、すり足になる




  • 立脚期に股関節伸展が過剰になりやすく、腰部を痛めやすい




  • 骨盤の前方移動が起きにくい(重心が進まない)




● 解剖学的メカニズム




  1. 後傾により股関節が常に伸展位に近い
    → 遊脚期の前方振り出しが困難




  2. 股関節屈筋が伸びきり弱化
    → 腸腰筋の求心性活動が弱くなる




  3. 腰椎後弯
    → 頭部前方姿勢とセットになりやすく、頸部ストレス増加




後傾は「歩行の前進性(propulsion)」を著しく低下させる。







④ 側方への骨盤傾斜(ペルビックオブリクイティ)と歩行


歩行の最中、骨盤は立脚側で約5°挙上し、遊脚側でやや下降する。
この振り幅が適正でない場合、歩行不良につながる。







● 骨盤が側方に大きく傾く


(トレンデレンブルグ歩行)


原因:





  • 中殿筋の遠心性制御不足




  • 大腿骨頭の求心性低下




  • 股関節外転筋群の機能不全




影響:





  • 立脚側の膝内側偏位(Knee-in)




  • 足部過回内(Fallen arch)




  • 臀部痛・大転子部痛




外転筋の遠心制御が最も重要







● 骨盤側方傾斜が少なすぎる


原因:





  • 股関節外転筋の過緊張




  • 腸腰筋優位




  • 体幹側屈可動性不足




影響:





  • 歩幅が狭くなる




  • 地面反力を左右に逃がせず、膝・足首に負担




  • 体幹ローテーションが止まり肩周りも硬くなる








⑤ 骨盤の水平面回旋と歩行効率


歩行の推進力と歩幅に大きく影響するのが「骨盤の前方回旋・後方回旋」。



● 前方回旋不足




  • 歩幅が狭くなる




  • 腸腰筋・大殿筋の伸張反射が弱くなる




  • スピードが出ない




  • ランニングでは特に致命的




● 過剰な前方回旋




  • 股関節内旋が強く、膝が内側へ流れる




  • 骨盤の安定性が低い(骨盤帯の不安定性)




● 後方回旋不足




  • 遊脚期の振り出しが狭くなる




  • 太ももが前に出ない → すり足・ピッチ歩行に




  • 腰椎が代償的に過回旋 → 腰痛へ








⑥ 骨盤傾斜の評価(動作ベース)


器具がなくてもできる実用的な動作評価:





  1. 歩行観察(前・後・側面)





    • 骨盤の上下動




    • 股関節外転の出方




    • 前後回旋のタイミング






  2. 片脚立位





    • 骨盤挙上/下降をチェック




    • 立脚側の中殿筋の働きを確認






  3. 骨盤前傾/後傾の自動運動





    • 可動域




    • 代償(腰椎だけ動く、股関節が死んでいる)






  4. ステップアップ動作





    • 骨盤がどちらに回旋するか、側方に落ちるか










⑦ トレーニングアプローチ(歩行改善に直結)


歩行改善の鍵は
①中殿筋(遠心)
②腸腰筋(求心)
③大臀筋(伸展)
④骨盤と胸郭の協調

である。







● 骨盤前傾過多に対して


目的:股関節伸展の獲得





  • ヒップヒンジ




  • ヒップエクステンション




  • グルートブリッジ




  • 大臀筋の最大収縮練習








● 骨盤後傾過多に対して


目的:腸腰筋の求心性活性





  • ニーレイズ




  • デッドバグ(股関節屈曲意識)




  • ランジで骨盤前傾を作る練習








● 側方傾斜の問題(中殿筋不全)


目的:骨盤の水平保持





  • サイドプランク




  • 立脚中の中殿筋遠心トレ




  • ステップダウン








● 回旋不足


目的:歩行の前後方向の推進力改善





  • リーチ動作(アンチローテーション)




  • 立位での骨盤回旋練習




  • スプリットスタンス回旋トレーニング








⑧ まとめ:歩行は「骨盤の立体運動」で決まる


【重要ポイント】





  • 骨盤は「前傾・後傾」「側方傾斜」「回旋」の3つが組合わさって動く




  • 骨盤傾斜バランスが崩れると、股関節・膝・足まで連鎖し動作不良を起こす




  • 骨盤は体幹と下肢をつなぐ“歩行のハブ”である




  • 歩行改善には、大臀筋・中殿筋・腸腰筋の適切な働きが必須



この情報へのアクセスはメンバーに限定されています。ログインしてください。メンバー登録は下記リンクをクリックしてください。

既存ユーザのログイン