【骨盤傾斜と歩行のメカニズム】
— 解剖学的構造から読み解く姿勢・筋連鎖・代償戦略 —
歩行は「骨盤の3次元運動」によって成立する最も基本的なヒトの運動である。
その中でも 骨盤傾斜(前傾・後傾・側方傾斜) は、
下肢の関節運動、筋活動パターン、歩行効率を大きく左右する。
本稿では、骨盤傾斜が歩行に及ぼす影響を解剖学的視点から深く掘り下げる。
① 骨盤の基本構造と3次元運動
骨盤は
寛骨(腸骨・坐骨・恥骨)
仙骨・尾骨
から構成され、体幹と下肢の力を伝達する「運動連鎖の中心」である。
歩行中の骨盤は以下の3方向に常に運動している:
● 前傾・後傾(矢状面)
前傾:腸骨前方回転、ASIS前下方移動
後傾:腸骨後方回転、ASIS後上方移動
主要筋:
前傾 → 腸腰筋・脊柱起立筋
後傾 → 大臀筋・ハムストリングス・腹直筋
● 反対側挙上・下降(前額面:ペルビックオブリクイティ)
立脚側が相対的に挙上、遊脚側が下降
→ トレンデレンブルグ徴候の有無を見る評価部位でもある
主要筋:
挙上(立脚側):大臀筋後部線維、腰方形筋
下降(遊脚側):中殿筋の遠心性制御
● 回旋(水平面)
立脚期:骨盤は前方回旋
遊脚期:骨盤は後方回旋
股関節との関係:
立脚側:骨盤前方回旋 → 股関節相対的内旋
遊脚側:骨盤後方回旋 → 股関節相対的外旋
このように骨盤運動は 股関節の回旋運動と一体化している。
② 骨盤前傾が歩行に与える影響
骨盤前傾が強い人=腸腰筋・脊柱起立筋優位、腹筋・大臀筋の協調低下。
● 歩行中の特徴
立脚初期で股関節伸展が作れない
→ 重心が後ろに残る
→ 太ももの前側の活動が増える(大腿直筋・TFL)
大臀筋の推進力が使えず「膝主導の歩行」になりやすい
● 解剖学的メカニズム
骨盤前傾=股関節は常に軽度屈曲
→ 股関節伸展筋(大臀筋)が使われない
腸腰筋が短縮化
→ 大腿骨頭の前上方移動
→ 股関節伸展で前方インピンジメント
腰椎過前弯
→ 立脚中期で固有受容器の制御が乱れる
総じて「骨盤前傾は歩行の推進力を損なう」。
③ 骨盤後傾が歩行に与える影響
骨盤後傾=ハムストリングス・腹直筋優位、脊柱起立筋の抑制。
● 歩行中の特徴
歩幅が狭く、すり足になる
立脚期に股関節伸展が過剰になりやすく、腰部を痛めやすい
骨盤の前方移動が起きにくい(重心が進まない)
● 解剖学的メカニズム
後傾により股関節が常に伸展位に近い
→ 遊脚期の前方振り出しが困難
股関節屈筋が伸びきり弱化
→ 腸腰筋の求心性活動が弱くなる
腰椎後弯
→ 頭部前方姿勢とセットになりやすく、頸部ストレス増加
後傾は「歩行の前進性(propulsion)」を著しく低下させる。
④ 側方への骨盤傾斜(ペルビックオブリクイティ)と歩行
歩行の最中、骨盤は立脚側で約5°挙上し、遊脚側でやや下降する。
この振り幅が適正でない場合、歩行不良につながる。
● 骨盤が側方に大きく傾く
(トレンデレンブルグ歩行)
原因:
中殿筋の遠心性制御不足
大腿骨頭の求心性低下
股関節外転筋群の機能不全
影響:
立脚側の膝内側偏位(Knee-in)
足部過回内(Fallen arch)
臀部痛・大転子部痛
→ 外転筋の遠心制御が最も重要
● 骨盤側方傾斜が少なすぎる
原因:
股関節外転筋の過緊張
腸腰筋優位
体幹側屈可動性不足
影響:
歩幅が狭くなる
地面反力を左右に逃がせず、膝・足首に負担
体幹ローテーションが止まり肩周りも硬くなる
⑤ 骨盤の水平面回旋と歩行効率
歩行の推進力と歩幅に大きく影響するのが「骨盤の前方回旋・後方回旋」。
● 前方回旋不足
歩幅が狭くなる
腸腰筋・大殿筋の伸張反射が弱くなる
スピードが出ない
ランニングでは特に致命的
● 過剰な前方回旋
股関節内旋が強く、膝が内側へ流れる
骨盤の安定性が低い(骨盤帯の不安定性)
● 後方回旋不足
遊脚期の振り出しが狭くなる
太ももが前に出ない → すり足・ピッチ歩行に
腰椎が代償的に過回旋 → 腰痛へ
⑥ 骨盤傾斜の評価(動作ベース)
器具がなくてもできる実用的な動作評価:
歩行観察(前・後・側面)
骨盤の上下動
股関節外転の出方
前後回旋のタイミング
片脚立位
骨盤挙上/下降をチェック
立脚側の中殿筋の働きを確認
骨盤前傾/後傾の自動運動
可動域
代償(腰椎だけ動く、股関節が死んでいる)
ステップアップ動作
骨盤がどちらに回旋するか、側方に落ちるか
⑦ トレーニングアプローチ(歩行改善に直結)
歩行改善の鍵は
①中殿筋(遠心)
②腸腰筋(求心)
③大臀筋(伸展)
④骨盤と胸郭の協調
である。
● 骨盤前傾過多に対して
目的:股関節伸展の獲得
ヒップヒンジ
ヒップエクステンション
グルートブリッジ
大臀筋の最大収縮練習
● 骨盤後傾過多に対して
目的:腸腰筋の求心性活性
ニーレイズ
デッドバグ(股関節屈曲意識)
ランジで骨盤前傾を作る練習
● 側方傾斜の問題(中殿筋不全)
目的:骨盤の水平保持
サイドプランク
立脚中の中殿筋遠心トレ
ステップダウン
● 回旋不足
目的:歩行の前後方向の推進力改善
リーチ動作(アンチローテーション)
立位での骨盤回旋練習
スプリットスタンス回旋トレーニング
⑧ まとめ:歩行は「骨盤の立体運動」で決まる
【重要ポイント】
骨盤は「前傾・後傾」「側方傾斜」「回旋」の3つが組合わさって動く
骨盤傾斜バランスが崩れると、股関節・膝・足まで連鎖し動作不良を起こす
骨盤は体幹と下肢をつなぐ“歩行のハブ”である
歩行改善には、大臀筋・中殿筋・腸腰筋の適切な働きが必須
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